2014年2月18日火曜日

2014年1月21日火曜日

The new year of 2014 begins.


今年もよろしくおねがいします。
無事、元気で生きています。




近いうちに、
2013年のPlaylistと反省と包括、今年の指針を考えておきたいなあ...

2013年12月15日日曜日

Zen Buddhism

世田谷区にある龍雲寺というところで、座禅を組んできた。

龍雲寺 洗心坐禅会

こちらでは、毎週日曜日の朝6:30から坐禅会を開いている。
その坐禅会に参加してみた。



はじめ、寺に入ると、

「座るのははじめてですか?」

と聞かれ、何を言っているのか分からなかった。
どうやら、座禅を組むこと→坐ると言うらしい。

なんとなく察して、
「はい。はじめてです。」
というと少し待ってから、寺の住職さんが丁寧に座禅の組み方を教えてくれた。

このお寺は臨済宗妙心寺派のお寺で、
座禅の組み方も寺の宗派によって異なるらしい。

ここからは、臨済宗妙心寺派の座禅の組み方。

まず、座禅は下の3つを整えることが目的。
①姿勢
②呼吸
③心

①と②が整うと自然と③が整ってくることになるという。

[姿勢]
・ざぶとんなどをいれて、お尻を高くする。
・あぐらをかいて、辛くなければ両足首を自分の太ももの内側に乗せる。(辛ければ片方でも、載せなくても良い)
・上半身を前後左右に揺らして安定する体制に持っていく。そして頭の上から1本の糸で引っ張られるような意識で背筋、首、頭を伸ばす。
・上半身が作れたら、両手をへその前に持ってきて、手を輪する。(座禅でよくみる形。定印というらしい)親指と親指の間はほんの少しくっつけるか、紙一枚がはさまる程度に。
・目は少し開けて、自分の座っているところから1.5mくらい前の地面をぼーっとみるようにする。

[呼吸]
・息を吸うのはいつも通りに行い、息を吐くときは、深く、ゆっくりと吐き出す。
・吸う→吐くをひとつの固まりとして、1〜10数え、10回繰り返す。
・10までいったら、また1に戻る。その繰り返し

この寺では25分1セットx3


この組み方はこの宗派のやり方なので、
壁に向かって目を閉じる、手の組み方は両膝において輪を作る、数字は数えない、
など、宗派によって方法は様々らしい。


この姿勢と呼吸を保つことで、自然と心も整ってくる。




日頃、気が向いたときに瞑想に近いことはやっていたんだけど、
あらためてしっかりとやり方を教わり、座禅を組むのは非常にいい。
小鳥のさえずりしか聞こえない静かすぎない朝の静寂の中で、ただ坐り、数字を数える。

心がとても静かになる。

普通に生活していると、
ついつい、人生のことや仕事のことやどうでもいい事や、ちょっとした家事とか、
ぐるぐると頭に浮かんでしまう。

座禅は、心の花瓶からめぐりの悪い水を一度捨てるような、そういう澄んだ効能を得られる。



5分でも暇な時に座ってみよう。いや、忙しい時にこそ。








2013年11月11日月曜日



downy 9年振りの再結成。もうチケット売り切れてるけども。。。



頭ぶん殴られるような衝撃味わいたい方、入り口はこちらから。

2013年10月30日水曜日

Get identity capital.

Meg Jay - Why 30 is not the new 20


20代の大切さ。
計画をたてること、焦りを感じることの重要性。
友達の友達の友達、遠い繋がりこそがあとで繋がってくる。活きてくる。


選択を後回しにしない。仕事、結婚、ライフスタイル。
自分の投資したいものに自分を投資する。ツテを頼る。世界を狭めない。

2013年10月27日日曜日

昨今の刺激







映画はグランド・イリュージョンとトランスなのだけども、
どちらも原題とポスターがもともとのモノが内容に即していると感じた。

佐藤雅彦の本はすごい。軽くもあり重くもありやわらかくてかたい不思議な内容だ。
10年以上前からこんなこと考えていたから、ピタゴラスイッチや考えるカラスといった番組が作れる。

「自分をいかして生きる」は西村住哲の働き方シリーズの2弾。ただただ忙殺されるだけなら一度止まってこの本を読みたい。自分が「いる」仕事について。はっとさせられる箇所が多い。

瞑想によって、得られる効能の数々。脳のスイッチをOFFにする為の手順。脳のストレッチ。

小林賢太郎の公演、とことん彼らしいを突き詰めた内容。



2013年10月23日水曜日

ひとえに共感と言ってもその規模や次元がまるで違う。

世界・日本の偉人について調べたりすると、ある共通点を感じるんだ。

ひとつは、自分の持つ技能や特徴を研鑽すれば世界を変えられると信じていること。
もうひとつは、人々の喜びや苦しみに敏感すぎること。


僕らは基本的には五感から得た情報からしか情報を得られないし、思考が発達するとその先を想像して、さまざまな感情が芽生える。その蓄積から個性や人格が生まれる。その中の蓄積のひとつである「幸せ」や「苦しみ」というのは自分で味わったものと自分以外の誰かが味わったものを正確に比較する事なんて出来そうもないように感じる。もちろん、共感できる部分もあるけど。

「可哀相だから、謝る。同情する」
「とても嬉しそうだから、一緒に喜ぶ。褒め称える」

身近な人であれば、多少なりとも相手の気持ちというものに共感する事が出来るかもしれない。でも赤の他人やまったく違う国の違う言語の人々へ同様の気持ちを感じられるのだろうか。


日本の浮世絵を深く愛し、絵を通して人々の幸せを誰よりも願ったゴッホも、
50歳にして地球の大きさを計る事を天命とした伊能忠敬も、
若さを牢獄・強制労働に消費してもなお、人間の美しさを書こうと筆を執ったドストエフスキーも、
想像を原動力とした好奇心と、五感で得る以上の人間全体としての感情の共感を感じる事が出来たのかもしれない。とんでもない能力。

想いの宿る作成物は違う時間の進み方をする。とてもとても遅い時間の経過を。
そしてこの時代にも届いてきてくれている。



きっとこの時代に生まれてもなにかにワクワクして、なにかはじめるんだろうな。


Glenn Gould 1932 - 1982 Bach The Well-Tempered Clavier.

2013年10月12日土曜日

靴購入


触発されて、TOMSというチャリティー精神あふれる靴とサングラスのお店で靴を購入。
シンプルですっきりとしたデザイン。


      
                           


おいしいくだもの

グレープフルーツにしょうがはちみついれてフードプロセッサー



手間さえなければ毎日飲みたい。

2013年10月3日木曜日