2010年4月25日日曜日

不謹慎無礼、先に詫びます。

現時点で、僕は「時間」を超える価値を持つモノは無い、と考えてる。宗教、国、人よりもだ。

時間は金で買えるなんて言ったりもするけど、それは技術やノウハウを買っている事が多いと思う。結果的には時間が縮まるか。

ここでもう一つ大事なモノがある。



「思い入れ」だ。



全くの赤の他人が死んだ時、「時間」と「思い入れ」がほとんどないからあまり感情の起伏がないかと思う。無惨な死や不幸な死は自分で無くて良かったという陰を孕んだ同情なんじゃないかと。それは自分への「思い入れ」だ。同情は無情だ。

つまり、人は人が大切な訳ではない。

「時間」と「思い入れ」が積まれたモノが重要な訳でたまたまそれが人である場合が多いと思う。

極論、道を歩いているが突然死んでしまうことより長年使うかばんが壊れてしまう方がきっと悲しい。





森羅万象、平等な視点で独断と偏見の「思い入れ」で「時間」を積みたい。

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